岡弁(岡山県倉敷市の弁護士)ブログ

岡山県倉敷市で法律事務所を経営する弁護士(若手→中堅)が日々の雑感をつぶやきます。紛らわしいですが岡山弁護士会の公式ブログではありませんのでご了解ください(笑)

第20回判例勉強会「責任無能力者の不法行為と監督者の責任~名古屋地裁平成25年8月9日判決」③

さて、裁判所の判断です。


(まずは事案のおさらい)
鉄道会社である原告が、高齢かつ認知症患者である男性Bが正当な理由なく線路に立ち入り、通過した列車と同人が衝突したことにより列車が遅延するなどして損害を被ったとして、同人の相続人らに対し、監督義務違反が認められる又は事実上の監督者に該当するとして民法709条ないし714条に基づき損害賠償等を請求するとともに、B本人の損害賠償債務を相続したとして損害賠償等を請求したというもの


名古屋地裁平成25年8月9日判決は、要約すると次のように判示しました。

①長男
 「民法714条1項や同条2項の代理監督者と同視し得る事実上の監督者」であり、法定監督義務と同様の責任を負う。

②妻
 本人が独りで徘徊することを防止するための適切な行動をとるべき不法行為法上の注意義務が存するところ、同人は、本件事故当日、自己と本人が二人だけになっていた際に、まどろんで目をつむり本人から目を離していたのであるから、かかる注意義務を怠った過失がある。

③三女
 本人の介護体制は、長男が判断し決定していたものであって、三女の立場は、長男の決断の参考となるように情報提供と助言をしていたにとどまるし、実際の介護への参加について、月2回ほど本人宅を訪問して長男の妻(義姉)らによる介護を補助する程度にとどまっていた。したがって、本人が自宅から独りで外出・徘徊して第三者の権利を侵害することのないような介護体制を整えておくべき不法行為法上の注意義務を負っていたということまではできない。

④二男
 家族会議にも参加しておらず、本件事故当時は国外にいたのであり、本人の他害行為を防止する義務を負わせる根拠はない。

なお、長男の妻は被告に入っていません。おそらく、原告が被告の選択をする際、長男の妻については、長男が負うべき監督義務の「履行補助者」に過ぎないとの判断があったものと思われます。



さて、結論としては、介護体制の構築を主導した長男と、当時、本人と共に家にいた妻に対する損害賠償請求だけが認められることになりました。

これをどのように評価すべきでしょうか。


おそらく一般的な反応としては、次のようなものが予想されます。

「本人の面倒を見ていた長男だけが責任をとらされるなんでひどい!」
「まどろんで目をつむり目を離していただけで責任をとらされたらたまらない!」

非常にもっともな意見だと考えます。


私がこの判決で最も問題視している点は、長男について安易に「法定監督義務者」と同視し得ると判断している点であります。

法定監督義務者というのは、監督義務についての立証責任が転換される(本人が問題行為を起こした場合、原則として責任をとらされる)という非常に重い責任を負わされるわけです。

このような重い責任を負わせるためには、法律上の明確な根拠を要求すべきであって、安易に「同視し得る」などという判断をすべきではないでしょう。
法律上、法定監督義務者とされているのは、親権者、成年後見人などに限られており、単に介護体制の構築を主導したからといって、法定監督義務者と同視し得ると認定すべき法律上の根拠は不十分であると言わざるを得ません。

また、妻についても、自分が要介護1の判定を受けていて、現実には一人で夫の徘徊を防止することは困難であったと思われますし、単に「まどろんでいた」に過ぎないにもかかわらず責任を負わせるのは酷であると感じます。


この判決を書いた裁判官は、介護現場で実際に何が起こっているのかその目で見たことがあるのでしょうか。

長男や妻の責任において本件事故を本当に予防し得たと考えているのでしょうか。

ただし、公平のために付記しておくと、本事例では、本人が資産家で、民間の介護施設ホームヘルパーを利用することも経済的に十分可能だった(翻ってみれば、本件請求に対して相続人が相続財産で賠償金を支払うことも十分可能である)という事情があったようです。

もっとも、だからといって、本件のような事故を完全に予防することは不可能ではないかと思うのですが。

いずれにしても、この判決の結論部分だけが独り歩きしていくことは非常に問題があります。

本判決については控訴されているようなので、控訴審がどのような判断をするのか注目しています。


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