乃木坂46「きっかけ」の芸術性
先日、乃木坂46の楽曲「君の名は希望」の持つ形式美について検討した。
その記事の中でも予告していたとおり、本日は同じ乃木坂46の「きっかけ」について分析してみたい。
「きっかけ」の作曲者は、「君の名は希望」と同じ杉山勝彦氏である。
「きっかけ」も「君の名は希望」と同じく、杉山ワールド全開の曲作りで、「君の名は希望」が乃木坂46の代表曲であるのなら、楽曲における「乃木坂らしさ」は、もはや杉山氏が作っていると言ってしまっても過言ではあるまい。
これら二つの曲を比較した場合、一般的には「君の名は希望」の方が知名度も高いし(何しろ紅白に初出場した際にチョイスされた曲)、「口当たり」の良い曲であるように思われる。
しかし、「きっかけ」では、「君の名は希望」において萌芽の見られた芸術性がさらに推し進められたという印象を受ける。
この曲の構成はざっくりと次のようになっている(2小節程度の移行部は省略)。
(B-B-)A-A-B-B-S-S-A-A-B-B-S-S-B-B-S-S-S'(-B-B)
かっこ内のイントロ及びエンディングをいったん取り除いてみると、一見、ABS形式(その中でも、大サビ前にBメロが挿入されるパターン)の典型的なJ-POPの構成のように見える。
しかし、この曲のキモはイントロ、エンディング、そして大サビ前に登場するBメロにある。
このBメロの使い方一つによって、この曲は高い芸術性を獲得するに至ったと言っても過言ではないのである。
まず、形式面からチェックしてみよう。
本体部分にイントロとエンディングを付け加えて見てみる。
すると、この曲では、Bメロが「裏Aメロ」的な役割を果たしているように見えてくる。
BとAを置き換えてみると、あら不思議。
(2番を省略してみると)B-A-B-S-B-S'-Bというロンド形式が採用されているように見える(BとAを入れ替えてみると分かり易い)。
さらに、Bメロが、Des-dur → Es-dur → E-durとキーを変えながら登場するところがミソである。
キーを変えて登場することで、その都度異なる性格が与えられている。
アレンジの妙もあるが、全く同じメロディーであるにもかかわらず、1曲の中で何度も違う表情を見せるのだ。
このような芸術的な技法は、そう簡単になし得るものではない。
特に、2番のサビ後、大サビ前のBメロの使い方が実に上手い。
大サビ前にBメロを挿入する場合、通常のJ-POPの構成では、2番のサビが終わった後、間奏が挿入されたりするケースが多く、Bメロとしての性格に変化が加えられることは無い。
しかし、この曲では、2番のサビが終わると、あたかもCメロに突入するごとく、即座にBメロに突入する。
サビと同じキー(Es-dur)で突入するため、前奏やAメロに引き続いて本来の意味でのBメロとして登場として登場した時(Des-dur)と全く印象が異なる。
あえて言えば、このBメロは実にCメロ的な響きを獲得しているのである。
これほどCメロ的に響くBメロは珍しい(と思う)。
さらにダメ押しのように、最後の最後で大サビの直後にBメロを登場させるのだが、これがまた上手い。
1番&2番のサビは、8小節×2のPeriode(楽節)となっているのだが、大サビだけは、8小節×2の後に、もう一度サビが挿入される。
しかも、3回目のサビは8小節から6小節に短縮され、「生きよう」という決め台詞の大見得を切るかのように、「食い気味」にクライマックスのBメロに突入するのだ。
なお、大サビ前にE-durへ転調しているので、このBメロはE-durで登場する。
同じBメロなのにコーダ的というか、しっかりとクライマックスを築いていて、イントロでのBメロとも、Aメロの後のBメロとも、2番のサビ後のCメロ的なBメロともと全く違う表情となっている。
凄い。。。
「君の名は希望」がAメロの魅力を最大限引き出す構成になっているのに対し、「きっかけ」はBメロの魅力が最大限強調された構成と言えるだろう。
これほどまでに汎用性の高い素晴らしいメロディーを生み出すのは才能だが、これを上手く利用し、多くの表情を引き出しているのは確かな作曲技術である。
蛇足かもしれないが、もう一言だけ付け加えると、この曲においても、「君の名は希望」と同様、BメロとAメロの連関を意識せざるを得ないメロディー作りとなっている。
しかも「君の名は希望」よりも、さらにAメロとBメロの連関が強化されているように思われる。
前回、私は「君の名は希望」は、J-POP史上屈指の名曲と言った。
しかし、芸術性だけを比較するなら、「きっかけ」の方が上だ。
収録アルバムはこちら
↓ ↓ ↓ ↓ ↓